4月、庭の緑が濃くなり木々の間からもれる光がまぶしくなる朝に88歳のジョージは静かに息を引き取りました。
6か月前に医者からすい臓がんで “余命は6か月” と宣告されていましたがその通りになったのです。
医学は進歩したものです。


60年前に同じ高校の教師であった3歳年下のステラと結婚して教師をしながら2人の子供を育ててきました。
ステラはジョージの後を追うように3か月後に脳梗塞で神に召されたのです。


二人の住む家は曽祖父が160年前に建てたもので小さいがダブルブリックスの厚い壁でできた
しっかりした造りです。
曽祖父、祖父が使ってきた家具や調度品は家の一部となっています。

若いころから古いものを大事に使ってきたジョージとステラの家にあるものはその全てがアンティークです。

定年後に好きなアンティークを町の公民館で販売を始めたのは自然な流れでした。
毎月1回小さなテーブルにのるだけのアンティーク小物を家から運び、
仲間と楽しいひと時を過ごすのが老後の楽しみでした。
 


 

 

母親ステラの葬式を終えた息子のジョンと娘のメアリーはこの古い家の中に埋まった
家具や調度品をどうするかを話し合いました。
離婚調停専門弁護士のジョンはロンドン市内のモダンなコンドミニアムに住み、

倒産した会社の更生を専門にする会計士のメアリーは郊外の大きな家に住んでいます。
それぞれの家には山ほどの家具と調度品があります。
問題なのは二人ともアンティークに全く興味がないことでした。



冬は寒く夏は暑い160年前の古い家に興味の無い二人はその家を売却処分することにしました。
が家として売却するためには中を空っぽにする必要があるのです。
二人は家にあるものすべてを処分するために町にある“ハウスクリアランス会社“を呼びました。
なんの価値もないと思っていた家具や調度品は二人が驚くほどの金額となったのです。

 

 
 

二人は思い出となる両親の何枚かの写真以外はすべてをその業者に託しました。
彼らには1860年のオーク製バーレイツイストテーブルも

1880年のウォールナット製ガラスキャビネットは何の価値も持っていないのでした。


“ビジネス”を得た業者は家の中から文字通りすべてを箱に詰めて大きなバンで運び出しました。
慣れたもので台所のお鍋やフライパンは一つの箱、プラスチックのキッチンウエアはまとめて同じ箱という具合に
仕分けをしながら運び出します。


キャビネットの下に1950年に贈られたアーサープライス製シルバーカトラリーセットが
箱に入ったまま発見されると大きな成果となるのです。

どの町のハウスクリアランス業者にもそれぞれの分野でアンティークディーラーがつながっています。
家具専門、台所用品専門、ガーデングッズ専門などのディーラーは運び出されたアンティークを

すぐに仕入れに行くのです。

値段が付かないものはチャリティーとして寄付され、ディーラーが買わないものは通常毎月開催される
古物オークションで販売されます。
なんとジョージとステラの家から運び出されたキッチン用品が箱のままオークションで売却されるのです。
このオークションは基本的に処分のために開催されるもので高く売るためではありません。


よってしばしば10ポンドでスタートしたオークションが最初から値段が付かず、
だんだん値段が下がっていくことがあります。
私もひと箱10ポンドの雑貨が10ポンドから値段が下がり、最後は1ポンドであるディーラーが

嫌々ながら買ったのを見たことがあります。

英国でふんだんにアンティークが出回るのは、英国人が古い家に住み、古いものを大事に使い、
またその英国人が毎年亡くなるからなのです。